また、若造だった自身に音楽のすべてを任せてくれた倉本氏を「侠気の人、大恩人でした」と称え、「北の国からを500話まで書いてください」「西の国からを書いてともお願いしたのに書いてくれたのかな? もう少し仕事でご一緒したかったです」と率直な思いを吐露。「さようならは言いません。先生またね」と温かい言葉で結んだ。
日本を代表する巨匠の突然の旅立ちに、魂を共にした盟友たちから、惜しみない賛辞と哀悼の意が寄せられている。
※「先生またね。」と温かいコメントで追悼したさだまさし
※「神様に感謝します」と深い感謝を伝えた吉岡秀隆
(執筆者:iilii)